会社勤めをしていた頃、友人から一枚の革をもらったことがヘルツのはじまり。
その時作ったバッグが評判で、次々と同僚から「注文」が・・・。
会社がつまらなくなっていた折だったので、思い切って転業。デザイン事務所を開くまでのつなぎのつもりだった。それがいつの間にか本業に・・・。
そんな風にヘルツは赤坂に誕生。1973年のことです。
当時の生産量は一日1個。従業員1名。
「売れるものは大量生産すれば儲かるだろうけど、それはしない。面白みがなくなるから。」
とは当時雑誌「an an」に語った20代の近藤の言葉。
今のヘルツも変わっていない。
いつも何か作っていないと気がすまないのが近藤の性分。
休日も仕事場に出てきて、一人でこつこつと作る。
店のディスプレイの什器だってほとんど近藤の手がかかっている。
感覚のおもしろいもの・新しいものを生み出すことでいつも頭をいっぱいにしている。